身を持って体験する機会の減少
最近ふと思ったことについて、少し書いてみたいと思いキーボードを叩いています。
私自身、歳を重ねるごとに無趣味になっていて、正直「これはまずいな」と感じることがあります。 というのも、最近はプライベートで少しでも興味があることがあっても、自分で行動に移すより、誰かがやっている様子をYouTubeやSNSで観て満足してしまうことが多いからです。他人の行動に委ねることで、どこか「自分がやった気」になってしまっているのですね。調べものがある時も、AIにテキストをもらって満足してしまう自分がいます。
しかし、自分で体験や学習をしていないことって、他人に説明するときの「熱量」がどうしても変わってしまいます。生の情報ではなく、なんとなく汎用的で無機質な情報になってしまう。
時代の変化や便利なツールの登場によって、時間は作りやすくなりました。その反面、自分で行動に移すための「心理的ハードル」は上がってしまった気がしています。
「今じゃなくていいや」という後回し精神や、「とりあえずスマホで見よう」「やらなくてもなんとなく感覚は掴めるから」といった無自覚な思い込み。これらが、大貴重な「体験の芽」を摘んでしまっているのではないか、と少し危機感を抱いています。
経験値を積まないと、レベルは上がらない
10〜20年前、私が社会人になりたての若い頃。 上司からの理不尽な「あれやっといて」「これやっといて」に対して、やり方も分からないし、イラッとすることは当然ながらたくさんありました。
しかし、今になって振り返ると、その経験は大体のことが学習として自分の身になっています。たとえ当時は「無駄だった」と思えることでも、実際に経験してみなければ「あれは無駄だったんだ」という気づきすら得られなかったはずです。
経験によって得た知識だからこそ、発言に「体温」が宿る。だからこそ、人とコミュニケーションを取る時に共感の幅が広がるのだと感じています。
私自身、効率の悪い「無駄なこと」は嫌いですが、「遠回り」は好きなんです。 遠回りしたほうが、道中で見るものが増えて知見が広がります。いろいろな経験を拾えるので、時間はかかっても、その分「自分のレベル上げができた」と思えば苦しくともなんともありません。
逆に、今の若い世代は生まれたときからスマホがあり、AIも使えます。不便なことが少なく、調べたいことはすぐに分かる環境です。その点では、私たち「おじ世代」よりも高いアベレージ(平均値)を持っていると思います。
ただ、「ロジカルじゃないけれど、とりあえずやってみて失敗してみる」という、意図的な遠回りの機会は減ってしまっているのかもしれません。
だからこそ、少しお節介かもしれませんが、
面倒くさくても、まずは自分で一回やってみてもらう
実際に経験してみて、どうだったかを自分で考えて身につけてもらう
そんな風に、失敗しても周囲がサポートできる環境をつくり、どんどん遠回りしてもらうことこそが良い環境なのではないか、と思っています。
考えているだけじゃ動かない。だから、自社でも始めます
普段、私たちはお客さんに対して「Webサイトを更新しないと、活発な会社かどうかわからないので更新しましょう!」「御社のビジネスならSNSはやったほうがいいですよ」とご提案しています。
しかし、「じゃあ自社はどうなんだ?」と振り返ったとき、自分たちが実践していなければ、経験からくる知見の共有もできませんし、何より「あなたのところ、出来てないじゃないですか!」と言われてしまいます。
そこで、失敗してもいいからまずは動いてみようと、この自社サイトのコラムやInstagramを始めてみました。 (Instagramもぜひフォローよろしくお願いします!)
鈍足ではありますが、一歩ずつ更新していきますので、お時間のある時にでも訪れて眺めてもらえると幸いです。
最後は少し宣伝になってしまいましたが、今回は「自分の発言に厚みが出るように、興味が出たことや、行ってみたい場所・会ってみたい人ができたら、機動力を高めてすぐ行動しよう!」という、自分への戒めのような文章になりました。
若いときの苦労は買ってでもしろ、ということではありません。ただ、「遠回りも、そんなに悪くないよ」ということが、少しでも伝われば嬉しいです。
